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水戸地方裁判所 昭和51年(ワ)288号 判決

原告

五町由美子

被告

大山均

ほか三名

主文

一  被告らは、各自原告に対し金一四二万九六五八円及びうち金一三二万九六五八円に対する昭和五〇年九月二三日から右支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを平分し、その一を原告の負担とし、その一を被告らの負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金三一四万一九四〇円及びうち金三〇四万一九四〇円に対する昭和五〇年九月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(各被告)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

原告は次の交通事故(以下本件事故という)により後記傷害を受けた。

(一) 発生日時 昭和五〇年九月二二日午後二時五分頃

(二) 発生場所 茨城県水戸市開江町一五八〇番地一先道路(以下本件道路という)上

(三) 加害車両 普通貨物自動車(登録番号茨一一す三六一七号)

右運転者 被告 大山均

(四) 被害者 原告

(五) 態様 被告大山均は加害車両を運転し、本件道路を水戸市堀町方面から同市全隈町方面に向い進行中、「はなのわ渡里学園」のスクールバスを下車して本件道路を横断中の原告に加害車両を衝突させた。

(六) 結果 本件事故により原告は、左後頭頭頂部打撲(皮下血腫)、左前額部挫割、右側頭部・顔面打撲傷、脳震盪症、右頸骨骨折、両肘・左臀部右膝・左足関節部打換過剰、肝・右腎皮下損傷(血尿)の傷害を負い、水戸市西原二丁目一二番鷲沢外科病院において昭和五〇年九月二二日から同五一年二月一〇日まで一四二日間入院のうえ、同年二月一一日から同年四月二〇日まで四〇日間(実通院日数一八日)通院し、加療を受けた。

2  本件事故に至る経緯

(一) 原告は、昭和四四年五月九日生で、本件事故当時満六歳であつたが、同四九年四月一〇日から被告田代哉子(以下被告田代という)経営の幼稚園「はなのわ渡里学園」(以下単に学園という)にスクールバスを利用して通園していた。

(二) 原告は、本件事故当日、学園での保育授業を終え、訴外大津操が運転し、園児の監護のために同学園教諭訴外岡崎陽子(以下訴外岡崎という)の同乗する同学園のスクールバスに乗車し、所定の場所である本件道路上まで送られて来て、同所において園児訴外小堀美佐子(以下訴外小堀という)と共に、訴外岡崎により同バスから降車させられた。

(三) 原告らが帰宅するためには、本件道路を横断しなければならないが、訴外岡崎が何ら交通の安全を確認せず、自らは同バスのステツプに立つたまま原告らを降車させたため、原告らはそのまま同バスを離れ、原告は本件道路を横断しようとして、同バスに対向して進行して来た被告大山均運転の加害車両と衝突し本件事故が発生した。

3  被告らの不法行為責任

(一) 被告大山均(以下被告均という)

被告均は、加害車両の運転手として、本件道路上に停車中のスクールバスが幼稚園の専用車であることを認識し、あるいは、前方注視義務を尽せばそれと認識し得たはずであるから、当然幼児あるいは児童の乗降を予見し、未然に事故発生を防止すべく同バスと擦れ違う際、減速徐行、警音器吹鳴あるいは一時停止などの措置を講ずべき注意義務があるのに、同被告は前方注視義務を尽さず、また前記各注意義務を尽さず既然進行した過失により、本件事故を惹起したものであるから、民法第七〇九条により責任を負う。

(二) 被告大山岩男(以下被告岩男という)

被告岩男は、加害車両を保有し、自己のために運行の用に供する者であるから、自賠法第三条により責任を負う。

(三) 被告田代

(1) 被告田代は、学園の経営者であり、同学園の教諭訴外岡崎を使用する者である。

(2) 訴外岡崎は、教諭としてスクールバスに同乗し、原告ら園児の帰宅を監護していたものであるところ、前記のように、満六歳で損害発生について十分な注意能力を有しない原告らが、同バスを降車して車両交通のある本件道路を横断することとなるのであるから、原告らの両親等監護者が右降車地点に迎えにきていない場合は、少くとも原告らが同バスを降車して道路を横断してしまうまでは原告らに対して保護責任があるので、自ら同バスを降車して本件道路の左右の安全を確認して原告らを横断させるか、若しくは、自ら原告らの手を引いて横断させるなど、原告らを安全に横断させるべき注意義務があるのに、これを怠り、同バスのステツプに立つたまま本件道路の安全を確認しないで、原告らをして本件道路を横断させた過失がある。又、訴外岡崎は、幼児を保護する責任ある者として、道路交通法上の交通の頻繁な道路を幼児が歩行する場合における付添義務を怠つた過失がある。従つて、訴外岡崎は民法第七一九条の不法行為責任がある。

(3) 訴外岡崎の右不法行為は、園児のスクールバスによる送迎という幼稚園の業務の執行中に発生したものであるから、事業の執行につきなされたものである。

(4) よつて、被告田代は民法第七一五条第一項、同第七〇九条により責任を負う。

(四) 被告須能諒(以下被告須能という)

被告須能は、被告田代経営の学園の園長であり、被告田代に代り、訴外岡崎を監督する責任を負うものであるから、いわゆる代理監督者として民法第七一五条第二項により責任を負う。

4  仮に、被告田代の不法行為責任が認められないとしても、同被告には債務不履行責任がある。

(一) 原告は、昭和四八年一一月中頃、親権者である父訴外五町勝美、同母訴外五町けさ子(以下訴外父母という)を決定代理人として、被告田代との間に、幼児保育委託契約(以下本件契約という)を締結した。

(二) 仮にそうでないとしても、

(1) 右訴外父母は、右同時期被告田代との間において、被告田代が直接原告に対し直接幼児保育監護の義務を履行すべき第三者のためにする契約を締結した。

(2) 原告は右訴外父母を代理人として右契約締結と同時に受益の意思表示をなし、その頃、被告田代に到達した。

(三) 本件契約(予備的に右第三者のためにする契約)による被告田代の債務内容は、スクールバスによる送迎もその一内容となつていることから、スクールバスによる送迎に当り、原告の乗車・降車に慎重な配慮を加え、殊に原告の降車に当つて、原告が車両交通のある道路へ降車し該道路を横断する場合には、道路の左右の安全を確認し、自ら手を引いて横断させるなどして注意能力の劣る満六歳の原告が交通事故に遭遇することを未然に防止すべき交通安全保護義務がある。

(四) そして、訴外岡崎は被告田代の被用者であり、被告田代の原告に対する債務の履行補助者である。

(五) ところが、訴外岡崎は前記交通安全保護義務に違反して原告を本件事故に遭遇させた。

(六) よつて、被告田代は、原告に対する債務につき不完全な履行をなしたから民法第四一五条により責任を負う。

5  損害

原告は本件事故により以下のように合計金四一四万一九四〇円の損害を蒙つた。

(一) 治療費として金二〇八万三九〇〇円

(二) 入院中及び通院中の付添費は合計金三七万三〇〇〇円が相当である。

(1) 入院中の付添費―入院日数は一四二日であり、全日付添を要したところ、付添費は一日当り金二五〇〇円が相当なので、金三五万五〇〇〇円となる。

(2) 通院中の付添費―通院実日数は一八日であり、原告は満六歳の幼児であるから付添を要したところ、付添費は一日当り金一〇〇〇円が相当なので、金一万八〇〇〇円となる。

(三) 入院諸雑費として、入院日数は一四二日であり、一日当り金五〇〇円を相当とするので金七万一〇〇〇円の損害を蒙つた。

(四) 通院中の付添者の交通費として片道金一四〇円のバス料金を支出したので合計金五〇四〇円の損害を蒙つた。

(五) 慰藉料

本件事故により原告は、一時死亡もやむを得ない症状であつて、入院一四二日、通院四〇日(通院実日数一八日)を余儀なくされ、その精神的肉体的苦痛は大きく、慰藉料は金一五〇万円が相当である。

(六) 診断書料として金九〇〇〇円の損害を蒙つた(但し、原告の本件事故による被害を証明するために診断書三通を要し、代金各三〇〇〇円の合計)。

(七) 弁護士費用

被告らは原告に対し右損害金を任意に支払わないため、原告は本訴提起を余儀なくされたため、原告は訴外父母を法定代理人として本件訴訟代理人に訴訟委任をなし、昭和五一年七月一二日、手数料として金一〇万円を支払つた。

6  損害の填補

原告は自賠責保険から治療費として金一〇〇万円の支払いを受けた。

よつて原告は被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償として各自金三一四万一九四〇円及びうち弁護士費用分を除く金三〇四万一九四〇円については昭和五〇年九月二三日以降支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、予備的に、被告均、同岩男、同田代に対し、被告均、同岩男については不法行為に基づき、被告田代については債務不履行に基づき、各自金三一四万一九四〇円及びうち弁護士費用金を除く金三〇四万一九四〇円については昭和五〇年九月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

(被告均、同岩男)

1  請求原因1のうち、(一)ないし(五)は認め、(六)は不知。

2  同2は不知。

3  同3のうち(一)は否認し、(二)については、被告岩男が加害車両を保有することは認めるが、その余は否認する。

4  同5は不知。慰藉料以外は原告の損害ではなく訴外父母の損害である。

5  同6は認める。

(被告田代、同須能)

1  請求原因1のうち、(一)ないし(五)は認め、(六)は不知。

2  同2の(一)(二)は認め、(三)は否認する。

3  同3の(三)のうち(1)は認め、(2)ないし(4)は否認する。

4  同3の(四)のうち被告須能が学園の園長であることは認め、その余は否認する。

5  同4の(一)、(四)は認めるが、(三)、(五)、(六)は否認する。

6  同5は不知。

7  同6は認める。

(被告田代、同須能の主張)

1  右被告らの不法行為責任不存在について

(一) 学園は、入園に際し入園児の保護者らとの間に、スクールバスによる通園と送迎に関して、保護者らは降車時間には必ず責任をもつて指定の降車位置まで園児を迎えに来ることの取り決めがなされており、園児がスクールバスを利用する場合はその保護者らは、毎日降車位置まで園児を送り迎えしなければならず、右降車位置にて園児の引き渡しを受け、引き取るべき義務がある。

(二) 本件事故当日、スクールバスは訴外岡崎が同乗し原告ら園児を乗せ、予定通り運行し原告の降車する位置に指定の時間に到着したので、学園に課せられている職務、すなわち、スクールバスを利用する園児をスクールバスに同乗させ、降車位置まで無事引率監護すべき職務を履行し完了しているのに、原告の保護者は右取り決めに反して降車位置に出迎えに来ていなかつた。保護者が出迎え原告を引き取つていれば、本件事故は発生しなかつたかもしれないのである。

(三) 本件事故は、原告がスクールバス降車後自宅への帰路の途中で発生したもので、その保護者の監護すべき領域で発生したものであるから、被告らの「事業の執行につき」発生したものではなく、又、訴外岡崎において一般的抽象的にも降車後の園児に対して保護責任はなく、何らの法的注意義務もない。尚、以上のことから訴外岡崎が、道路交通法上の幼児を保護する責任ある者にも該当しないことは明らかである。

(四) また、原告主張の注意義務を訴外岡崎に課すとすれば、スクールバスを運行することは不可能となる。すなわち、多数の園児を同乗させ降車位置に保護者がいないからといつていちいち横断を誘導していたならば、余分の時間を消費し、指定通りバスを運行できず、他の保護者に迷惑をかけることになるからである。

(五) 仮りに訴外岡崎に、一般的抽象的に、道路の安全を確認して園児らの横断を確保すべき法定注意義務があるとしても、以下のような事実関係の下では不可能を強いるものであり、訴外岡崎に原告主張のような具体的注意義務を課すことはできない。

つまり、訴外岡崎は、原告及び訴外小堀を指定の降車位置にて降車させるべく、スクールバスの降車口ステツプに立つて、先ず訴外小堀を、次いで原告を降車させた。先に降車した訴外小堀は同バスの後部方向より本件道路を横断すべく駈け出し、原告もその後を追つた。その間訴外岡崎がステツプを降りる時間的余裕はなかつた。そして、訴外岡崎は降車位置に原告らの保護者が迎えに来ていなかつたので、原告の横断の安全のために同バスから降りて、同バスの後部方向へ行つたが、原告が駈けて行つてしまい横断を制止するだけの時間的余裕はなかつたのである。

2  被告田代の債務不履行について

(一) 本件契約に基づく債務の内容として、学園側の園児に対する安全監督義務の範囲は、園児の登・退園の際の交通安全保護義務まで及ぶものではなく、園児の登・退園に際しては保護者が学園まで出迎えてその交通安全保護に当るのが一般的である。

(二) 従つて、学園がスクールバスで園児の送迎を行なう場合にも、学園側はスクールバス利用の園児を指定の降車位置まで安全に送り届ける義務があるに止まり、それ以上園児の降車後の交通安全保護義務まではない。よつて、右義務の存在を前提とした被告田代に対する債務不履行の主張は失当である。

3  仮りに、訴外岡崎に過失が認められるとしても、本件事故は後記の被告均、及び原告の各過失により発生したものであるから、訴外岡崎の過失と本件事故との間には相当因果関係がない。

(一) 被告均は、道路右前方に停車しているスクールバスを認めていたのであるから、警音器を吹鳴し、かつ同バスの後方から幼児等がいつ飛び出しても急停車して事故の発生を未然に防止できる程度に減速すべき注意義務があつたのにこれを怠つた過失により本件事故が発生した。

(二) 原告は、本件事故当時六歳四月であり、停車中の車両の後方から道路を横断するに際しては、左右の交通の安全を確認したうえ横断しなければならない注意義務を怠り、左右の安全を確認せずに本件道路を横断しようとした過失により本件事故になつた。

仮りに、原告に右の事理弁識能力がなかつたとしても、原告の監督義務者である訴外父母は、降車位置まで出迎え、原告が交通事故にあわないようにすべき注意義務があるのにこれを怠つたため本件事故が発生した。

三  抗弁

(被告岩男)

1 加害車両は車検後四日位で本件事故となつたものであり、機能上の障碍、構造上の欠陥はない。

2 加害車両の運転者である被告均は無過失である。

(被告均、同岩男)

1 過失相殺

仮りに被告均に過失が認められるとしても、原告側及び被告田代、同須能にも以下のような過失があるから、相当の割合で過失相殺されるべきである。

被告均は、本件道路を進行中、対面擦交するマイクロバスが道路右端へ寄つて停車しているのを認め、自車の進行のため避譲してくれていると思い、警音器を一回吹鳴して進行した。同バスには幼稚園専用車である旨の標識を付けるべき義務があるのに、それが付されておらず、又文字による表示も全くなく幼稚園専用車とは認識できず、又同バスの反対側の様子は全く見えず、バス停でもなく、園児を降ろしている様子もなかつたところ、原告が同バスの後方から突然本件道路に飛び出して来て本件事故となつたのである。又、原告は幼児であるから交通の安全を保護する者が付添うべき義務があるのに付添人もいなかつた。以上のように原告側及び被告田代、同須能にも過失がある。

(被告田代、同須能)

1 過失相殺

仮りに、訴外岡崎に過失が認められるとしても、原告側には前記請求原因に対する認否(被告田代、同須能の主張)3の(二)記載の過失があるから、過失相殺されるべきである。

四  抗弁に対する認否

1  被告岩男主張の抗弁2は否認する。被告均には請求原因3の(一)記載の過失がある。

2  被告均、同岩男の過失相殺の抗弁は否認する。本件事故発生に寄与する原告の過失はなく、被告田代、同須能に過失があるとしても、これは被害者側の過失に当らない。

3  被告田代、同須能の抗弁は否認する。原告の過失及び、被害者側としての訴外父母(原告の監督義務者)の過失はない。訴外父母が、原告を出迎えに行かなかつたことは認めるが、本件事故は訴外岡崎の注意義務違反の範囲内の問題であつて、訴外父母が出迎えに行かなかつたことと本件事故発生との間に因果関係はない。

4  又原告は、本件事故当時満六歳に過ぎず、責任能力がなく、過失責任が存しないから、過失相殺することはできない。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1の事実中、(一)ないし(五)については原告と各被告間に争いがなく、(六)については、成立に争いのない甲第二、第四、第六号証により認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

二  請求原因2の事実中、(一)(二)については原告と被告田代、同須能間に争いがなく、(三)については後記被告らの不法行為責任の項でまとめて判断する。

三  そこで、被告らの不法行為責任について判断する。

1  被告均について

成立に争いのない甲第一号証及び第一〇号証並びに証人大津操、同岡崎陽子の各証言及び被告均本人尋問の結果(後記信用しない部分を除く)を総合すると以下の事実が認められる。

(一)  本件道路は、東西に通ずる県道真端、水戸線上の幅員四メートルのアスフアルト舗装路で、道路両側は畑であり、堀町方向(東)から全隈町方向(西)に向かつて左にやゝカーブしているが見通しはよく、路面は平坦で、本件事故当時天候は晴れており路面は乾燥していた。センターラインはなく最高速度時速六〇キロメートルの制限以外の交通規制はなく、交通量は少ない。事故現場は、本件道路の北側で幅員三・四メートル、南側で幅員四・一メートルの非舗装道路と交叉する地点である。

(二)  被告均は、加害車両を運転して、本件道路を堀町方面から全隈町方面に向かつて時速約五〇キロメートルの速度で進行中、本件事故地点から約一〇〇メートル位手前で対向する学園のスクールバスが本件道路の反対側車線の道路端に寄つて停車しているのを発見したが、同被告は、本件道路の幅員が狭く二台の自動車が擦れ違うことが困難なため、同バスが道幅の広くなつている地点で停車して、加害車両が通過するのを待つために停車しているものと判断し、そのままの速度で通行した。なお、同バスの後部には幼稚園のスクールバスであることを表示する標識が付されているが、前部にはそれが付されておらず、又同バスの両側部には「はなのわ渡里学園」との文字が描かれているが、前部には、それも書かれていなかつたところ、同被告は同バスが幼稚園のスクールバスであることを認識せず、又同バスから人が降車したことも、又、同バスを降車した訴外小堀が原告より前に本件道路を横断したことも認識せずに同バスに接近し、同バスと擦れ違う際も、警音器を吹鳴することも、減速することもしないで、同バスの側方を約五〇センチメートルの間隔を開けて通過しようとしてそのまま進行した。そして同被告が同バスに一・六メートル位の距離に接近した際、原告が同バスの後方一メートル以内の地点から本件道路を横断しようとして、加害車両の直前を右から左に向かつて出て来たのを約八・二メートル手前で認め、とつさに急ブレーキをかけたが及ばず、加害車両の右前部を原告に衝突させ本件事故となつた。

加害車両は衝突後、原告を加害車両の前部に跳ね上げたまま、長さ約一二メートルの前後輪約計四条のスリツプ痕を路面に印象して、衝突地点から一三・八メートル位進行して停車し、原告は衝突地点から一四・五メートル位の地点に転倒した。

以上の事実を認めることができ、被告均本人の供述中右認定に反する部分は前掲各証拠に対比してたやすく信用し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被告均は、衝突地点のかなり前方において、停車中のマイクロバスがあることを認識していながら、同バスが加害車両の通過を待つために停車しているものと軽信し、漫然従前速度のまま進行したものであつて、同バスが非舗装道路と本件道路との交叉地点で道幅が多少広くなつている地点に停車していたこと、及び同バスの前部には幼稚園のスクールバスである旨の標識あるいは文字による表示がなかつたことは認められるとしても、対向停止車の側方を進行するときの徐行義務、並びに前方注視義務を尽して進行していれば、原告の横断前に、訴外小堀が本件道路を横断するのを認識し得たであろうし、又同バスが幼稚園のスクールバスであり、園児の乗降が行われていることを予見することが可能であつたと推認されるから、被告均にはこれら徐行義務、並びに前方注視義務を怠つた過失がある。

従つて、被告均は本件事故により生じた損害を賠償すべき責任がある。

2  被告岩男について、

(一)  同被告が加害車両を保有することについては、原告と同被告間に争いがなく、本件事故の時点において、同被告が加害車両の運行支配、運行利益を喪失していたことについて、同被告は何らの主張もしていない。なお、同被告及び被告均各本人尋問の結果によれば、被告均は事故当時自分の仕事のために被告岩男に無断で加害車両を運転していたことが認められるが、被告均は被告岩男の長男で従前被告岩男の事業のために屡々加害車両を運転しており、被告岩男においても加害車両に鍵をつけつぱなしにしておいたものであり、特に被告均が右車両を運転するのを禁じた形跡も認められないから、被告岩男は、被告均が右車両を運転して同被告自身の仕事をするのを黙認していたものと認めざるを得ない。従つて、同被告は加害車両の運行供用者であつたといわなければならない。

(二)  そして、同被告は、自賠法第三条に定める免責事由の存在を主張するが、前記のとおり加害車両の運転者である被告均の過失が認められる以上、右主張は他の免責事由の存否について判断するまでもなく失当であるから、被告岩男は、本件事故により発生した損害を賠償する責任がある。

3  被告田代について

(一)  請求原因3の(三)(1)の事実については原告と同被告間に争いがない。

(二)  そこで、訴外岡崎の過失の有無について判断する。

証人岡崎陽子、同皆川栄一、同石野久子の各証言及び原告法定代理人本人五町けさ子の尋問結果、並びに成立に争いのない甲第九号証及び乙第一号証によれば、以下の事実が認められる。

(1) 学園はスクールバスによる園児の送迎を行なつており、スクールバスの料金を保育料等とは別箇に園児の父兄から徴収している。そして、スクールバスを利用する園児の父兄に対しては、入園前に住所の略図を提出させた上、父兄を集めて、スクールバスのコース、停車地点及び停車時刻等を決定すると共に、父兄に対して、スクールバスの停車地点までは父兄等の保護者が園児を送迎すべきことを説明している。又、学園は入園に際し、父兄に対して「しおり」(乙第一号証)と題する書面を配付しており、その七頁、「園からのおねがい」の通園と送り迎えに関する第四項には降車時間には必ず「お迎え」に出て下さい。(父母交代)との記載があり、そして、入園後の右「しおり」に関する説明会の中でも、スクールバスを利用する園児の送迎に関する説明が父兄に対して行なわれている。従つて、園児の父兄は指定のスクールバスの停車地点に指定の時刻に、園児を出迎えに行くことが、学園と父兄との間の申し合わせ事項となつており、原告の母訴外五町けさ子(以下母けさ子という)もそれを十分承知していた。

(2) しかし、右「出迎え」についての申し合わせは、園児のスクールバス降車後の交通の安全を保護するためになされたものであり、父兄が園児を出迎えに行かなかつた場合はスクールバスの利用を禁止するというような強い拘束力を持つものではなく、学園が父兄に対して園児の交通の安全保護のために、その協力を要請するというに止まるものであつた。

そして、右「出迎え」の申し合わせに応じて、父兄は極力園児の出迎えに努力し、都合が悪く出迎えに行けない場合は、近所に住む他の父兄に連絡する等して、園児のスクールバス降車後の安全を図つている。一方、学園はスクールバスに教諭を必ず添乗させ、園児の保護、監護に当たつている。

(3) 本件事故当日、学園のスクールバスは原告その他の園児が乗車し、訴外岡崎が添乗し、予定通りに運行され原告及び訴外小堀の降車地点に、指定時間の午後二時に少し遅れて午後二時五分頃到着した。そして、スクールバスの運行は殆んど指定時刻通りに行なわれているのに、本件事故当日、同バスの到着時には、原告らの父母その他の保護者は誰も出迎えに来ていなかつた。

(4) 訴外岡崎は、原告らを通算一〇〇回以上送迎しているので、原告らの降車する本件道路は大型ダンプカーがよく往来して危険であり、原告らが帰宅するには本件道路を横断する必要があることを認識していたもので、本件事故発生以前にも原告らの父兄が出迎えに来ていなかつたことがあり、その時は右訴外人が原告らの手を引いて安全に横断させていた。

(5) 右岡崎は本件事故当日、降車口ステツプの後部の座席に着席しており、同バスが原告らの降車地点に停車してから、原告らを降車させるためステツプに立ち、降車口のドアを開け、ステツプに立つたまま、先ず訴外小堀を降車させ、次に原告を降車させた。右岡崎は、原告らを降車させる際、原告らの父兄が誰も出迎えに来ていないことに気付いていたし、加害車両が同バスに対向して進行してくるのを発見していたので、父兄が出迎えに来るまで原告らを降車地点で待たせようとして、原告に対し「お母さんが来るのでここで待つていなさい」という旨の注意を与えて降車させたが、先に降車した訴外小堀は、同バスの後部方向に駈け出して行き、原告もその後を追つて同方向に向かつて歩き出して行つた。訴外岡崎は、ステツプに立つたままこれを見送つていたが、原告が同バスの後部車輪の後ろ付近まで歩いて行つた時に、同バスの運転手訴外大津操から対向車が来るので「危い」との注意を受け、急いでステツプを降り、原告の後を追つたが追いつけず、原告はバスの後方から本件道路を横断しようとして加害車両と衝突して本件事故となつた。尚、本件事故当時、同バスの中には、原告らの降車後、園児は一人しか残つておらず、特に訴外岡崎を必要とする事柄は存しなかつた。

以上の事実を認めることができ、他にこの認定を妨げる証拠はない。

右認定事実よりすれば、訴外岡崎は、原告らが本件道路を横断しなければならないこと、原告らの父兄が誰も出迎えに来ていないこと、そして加害車両が原告らの降車時同バスに対向して進行して来ており、事故発生の危険があることを認識していたのであるから、事故の発生を未然に防止するために、当時満六歳であり、交通の安全に対する注意能力が乏しく、いかなる危険な行動に出るかも知れない原告らに対しては、不測の危険な行動に出ることを予見して、原告らに、単に父兄が出迎えに来るまで待つように注意するだけでなく、降車前に加害車両が接近しており、危険であることを明確に警告し、更に、自ら先に同バスから降車して、原告らが降車地点で加害車両の通過を待つようにするか、あるいは、確実に父兄が出迎えに来るまでそこで待つていることを確認してから出発する等の適切な措置をとつて、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるものと解するを相当とするところ、同訴外人はこれを怠り、単に父兄が出迎えに来るのを待つように注意しただけで、漫然と原告らを降車させ、自らはステツプに立つたまま、原告が降車地点を立ち去るのを見送つた点に過失があるものと謂わねばならない。

被告田代は訴外岡崎が、原告が降車して同バスの後部から本件道路を横断するのを制止する時間的余裕がなかつたから、同人には過失がない旨主張するが、右認定事実によりすれば、仮りに、原告の右行動を制止する時間的余裕がなかつたとしても、原告らの降車前に前記の警告を発し、自ら先ず降車した後原告らを降車させる等、原告らが不測の危険な行動に出ることを未然に防止し、ひいては、本件事故の発生を未然に防止する適切な横断をとることは可能であつたといえるから、被告田代の右主張は理由がなく失当である。

(三)  そこで、訴外岡崎の過失と本件事故の発生との間の相当因果関係の存否について判断する。

被告均には前記認定のような過失があり、原告にも前記認定事実を総合すると、本件道路の左右の安全を確認しないで漫然と横断しようとした客観的注意義務違反あるいは客観的過失が認められる(尚、原告本人の責任能力ないし過失相殺能力の有無は、相当因果関係の存否とは無関係であることは言うまでもない)。

しかし、右両者の過失が認められるとしても、前記認定のとおり訴外岡崎が、加害車両の接近を認識していたこと、及び原告が満六歳にすぎない園児であり、いかなる危険な行動に出るかも知れないことを予見し得たことに照らすと、本件事故発生には、被告均及び原告の過失の寄与すること大であるとしても、訴外岡崎の前記認定の過失と本件事故との間に相当因果関係が存在しないとはいえない。

(四)  次に、本件事故が「事業の執行につき」発生したものといえるか否かについて判断する。

前記認定事実によれば、学園はスクールバスによる園児の送迎を、入園者の父兄からスクールバス料金を徴収して行なつていることから、スクールバスによる送迎は学園の事業に含まれるということができる。そして、本件事故は、原告が同バスを降車した直後、同バスと極めて接着した地点で発生したものであり、同バスに添乗していた同学園教諭訴外岡崎の保護監督の及びうる範囲で発生したものであるから、本件事故は「事業の執行につき」発生したものというべきである。

(五)  よつて、被告田代は、訴外岡崎の使用者であるから、訴外岡崎の過失により、学園の事業の執行につき発生した本件事故により生ずる損害を賠償する責任がある。

4  被告須能について

被告須能が、被告田代経営の学園の園長であることは、原告と同被告との間に争いがなく、学園の園長は、経営者である被告田代に代つて、訴外岡崎を監督する責任を負うものと推認されるから、前記認定事実によれば、同被告は被告田代の代理監督者として、本件事故による損害を賠償する責任がある。

四  損害

1  治療費

成立に争いのない甲第三号証、第五号証、第七号証及び原告法定代理人本人五町けさ子の尋問結果によれば、原告は本件事故のため水戸市内の鷲沢外科医院に入院及び通院し、治療費として金二〇八万三九〇〇円の債務を負担し、同額の損害を蒙つたことが認められる。

2  付添費

成立に争いのない甲第二号証、第四号証、第六号証及び原告法定代理人本人五町けさ子の尋問結果によると、原告は本件事故当日の昭和五〇年九月二二日から同五一年二月一〇日までの一四二日間前掲病院に入院し、医師の指示により入院期間中は全日付添看護を要し、母けさ子が付添看護に当つたことが認められるところ、近親者の入院中の付添費は一日当り金二〇〇〇円が相当であるから、入院中の付添費は金二八万四〇〇〇円とみるのが相当である。

前記証拠によると、原告は退院後も同病院に昭和五一年二月一一日から同年四月二〇日までの間、一八日間通院し、原告がまだ満六歳の幼児であり、原告方から同病院へ行くには途中でバスの乗り換えが必要なため、通院には全日付添者が必要であり、母けさ子が付添つていたことが認められるところ、近親者の通院付添費は一日当り金一〇〇〇円が相当であるから、通院中の付添費は金一万八〇〇〇円とみるのが相当である。以上付添費相当の損害額は合計金三〇万二〇〇〇円と認めるのが相当である。

3  入院諸雑費

前記認定のとおり、原告の入院日数は一四二日であり、入院中の諸雑費として一日当り金五〇〇円を要したものと推認するのが相当であるから、入院諸雑費として合計金七万一〇〇〇円の損害を蒙つたことが認められる。

4  交通費

原告法定代理人本人五町けさ子の尋問結果によると、原告方から前記病院まで通院するには、バスを利用せざるを得ず、バス料金は片道一四〇円であることが認められるから、通院中の付添者の交通費は合計金五〇四〇円であり、同額の損害を蒙つたことが認められる。

5  慰藉料

前記認定の通り本件事故により原告は、入院一四二日、通院期間四〇日という重傷を蒙つたのであり、その精神的肉体的苦痛は大きいといえるから、後記認定の原告側の過失その他一切の事情を考慮して、慰藉料は金六〇万円と認めるのが相当である。

6  診断書料

成立に争いのない甲第二ないし第七号証によれば、原告の本件事故による損害の立証のために三通の診断書を要したこと、そして、診断書料は一通金三〇〇〇円であるから、合計九〇〇〇円の損害を蒙つたことが認められる。

7  弁護士費用 金一〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故による前記各損害を被告らが任意に支払わないため本訴の提起、遂行方を弁護士石島秀朗に委任し、その費用として金一〇万円を出捐していることが認められるところ、本件訴訟の難易度及び後記認容額を斟酌すると、右程度の金額をもつて本件事故と相当因果関係の範囲内にある損害と認めるのが相当である。

五  過失相殺

前記各認定事実を総合判断すると、原告は、事故当時すでに満六歳四月で交通の安全についての事理を弁蔵する能力を有していたもので、本件道路を横断する場合は左右の交通の安全を確認してから横断すべき注意義務があるのに、それを怠つた過失が認められる。又、原告の親権者である母けさ子は、スクールバスの降車地点に指定時間に原告を出迎えに行くことが可能であり、そこで原告を引き取つた上、その保護監督に当たるべき注意義務があるのにそれを怠つた過失が認められる。従つて、本件事故に対する過失割合は、被告側七割、原告側三割とみるのが相当であるから、右割合に応じて前記原告の慰藉料及び弁護士費用分を除く損害を過失相殺すると次のようになる。

相殺前の金額 金二四七万九四〇円

相殺後の金額 金一七二万九六五八円

六  損害の填補

以上の次第で、被告らは各自原告に対し損害賠償として金二四二万九六五八円の支払をすべき義務があるところ、請求原因6については各当事者間に争いがないので、金一〇〇万円を前記損害額から控除すると、その残額は金一四二万九六五八円となる。

七  結論

よつて、原告の不法行為に基づく損害賠償の本訴請求は、金一四二万九六五八円及び、このうち弁護士費用分を除く金一三二万九六五八円に対する不法行為の日たる昭和五〇年九月二三日から右支払ずみまで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容することとし、その余は理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項本文、仮執行宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋久雄)

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